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あかね
RES
私は精神科の看護師1年目だった。彼とは遠距離恋愛中で、これ以上ない幸せを感じていた。12月12日生理がこないなと思って不安になり検査をしたら陽性。え、どうしよ、ほんまにどうしよう。相談してとりあえず2日後に婦人科受診。妊娠5週確定。諦めるなら年内に手術。継続するなら2週間後にと。私はハマっている未来語りのダイアローグをした。
混乱。人生の岐路に立たされた。
未来語りのダイアローグをやってみよう。
(1)「一年がたち、ものごとがすこぶる順調です。あなたにとってそれはどんな様子ですか?何が嬉しいですか?」
〇〇さんとの元気な子どもが生まれて、いとしさに胸がいっぱいになる。くたびれて子育てに苦戦しつつも〇〇さん、家族や友人に支えられ楽しい日々を送っている。
(2)「あなたが何をしたから、その嬉しい事が起こったのでしょうか?誰があなたを助けてくれましたか?どのようにですか?」
東京での〇〇病院での勉強に区切りをつけて、産むことを決めたから。科長、母は産む方向で考えなよと自信のない私の背中を押してくれた。同期やプリセプターのお姉さんが話を聞いてくれた。
〇〇さんは私ととことん話してくれた。泣いて何も言えない時もそばにいてくれた。
病棟のスタッフは1年目で産む私にも、暖かく接してくれて、人生についていろんな形があっていいことを認めてくれた。
両親も納得できるように〇〇さんと話して、両親にあって想いを話せた。
(3)「一年前、あなたは何を心配していましたか。あなたの心配事を和らげたのは、何ですか?」
産むと決断しても育てられないのではないか。育てられないなら産むなって話だよ。と言われるのではないか。スタッフの皆さんは私のことを悪く思うのではないか。陰口を言われるのではないか。
自分の人生は自分のものだと皆が受け入れてくれたこと。私の意思を尊重してくれたこと。
お父さんやお母さんが〇〇さんのことをよく思わないのではないか。
結婚を反対されるのではないか。
私は〇〇さんしか考えられないし、時間がかかったとしても〇〇さんの誠意が伝わると信じられたから。お父さんは私のことを本当に愛してくれていたし、私もお父さんが大好き。他の男の手に渡るのはそりゃあいろんな気持ちになるだろうと想像できるから。
住む家やお金は大丈夫だろうか。
生活力も未熟で自立しきれていない自分たちに子どもを育てられるのか。
両親がなんとかなるよと言ってくれた。
お母さんが私たちを産んだ時のように、私も出産後、精神的なリスクが高い中で、〇〇さんは支えてくれるだろうか。
〇〇さんは今までいろんなことを乗り越えてきた人。何があっても逃げずに向き合ってくれた。
また復職できるのか。
看護師の資格があれば、どこでも働ける。勉強はどこでもできる。
産まないバージョン
(1)「一年がたち、ものごとがすこぶる順調です。あなたにとってそれはどんな様子ですか?何が嬉しいですか?」
〇〇病院でオープンダイアローグ が広まりつつあり、同期と話したり、先輩方の話を聞いたり研修に行ったり毎日刺激的で楽しい。1年目の後輩ができて、焦るが、一緒に頑張っている。患者や家族が納得できるまで話切ったり聞き切ったりするこおで、新しい意味に気づいたり新しい価値が創造される瞬間に立ち会えて感動する。
生活力もついてきて、冷蔵庫にあるもので簡単な一品が作れる。部屋が綺麗。
〇〇さんとの交際も順調で、安心感しかない。
ときどき会えたり、ラインで日常のことを話すことが幸せ。
(2)「あなたが何をしたから、その嬉しい事が起こったのでしょうか?誰があなたを助けてくれましたか?どのようにですか?」
産まない決断をしたから。中絶後ものすごく落ち込んだけど、同期の子や友達に寄り添ってもらえて、話を聞いてもらったり、〇〇さんがそばにいてくれることでなんとか乗り越えることができた。お母さんがこどもを産む一年前に子どもが育たず、中絶の手術をしたことがあったが、その一年後問題なくこどもを授かったという話を聞いて、我が家系の身体は丈夫だと信じれたから。
(3)「一年前、あなたは何を心配していましたか。あなたの心配事を和らげたのは、何ですか?」
子どもをおろすことは、不妊治療で苦しんでいる人に対して申し訳ない。命の冒涜。もしその命を諦めたら、一生悔やんで自分を責めて生きるのではないか。自分のエゴのために奇跡的に授かった大事な命を粗末にするようなことができるか。
精神的にリスクのある私はその喪失感に耐えられないのではないか。もし中絶の手術をしたことで、不妊症になったら。〇〇さんとの子どもが授からなくなったらそれこそ一生後悔するのではないか。
彼は自分の子どもに対してのこだわりはない。好きなようにできると言ってくれた。皆が私の意思決定を尊重しようとしてくれたこと。
あっという間だった。産むか産まないか、決断を迫られて時間がなかった。私の両親に彼が挨拶しにきた。彼は結婚する意志はあると伝えた。鍋を囲んで産む方向で考えなよ、僕らもお金がないなりに苦労したけど育てたんだと家族は言った。本当に迷った。産みたくなった。決められずに、彼と本気で話した。彼も複雑な気持ちを抱えていた。私のお腹に手をあてて、お腹の子に意見を求めた。彼は超人だから、自動筆記の能力があるのだ。彼の指はゆっくりとこう動いた。「おれのことはきにするな かくごがないならすきにしろ」彼は過去に女性関係で苦労していて、それなのに私はフラフラ他の人と関係を持ったりして彼を傷つけていた。彼よりも良い人がいるんじゃないかと思ってしまって。彼の傷も癒えぬままで、彼の正直な気持ちとして結婚には踏み切れないということだった。私は悩んだけど、遠距離で貯金もない、ただでさえ躁鬱歴のある私には精神的な不安が大きい、彼も快くOKできない状況で産むのか、、それは嫌だ。準備万端で産みたい思いがそのときは勝ったのだった。
僕も日曜の夜は遅くまで泣いておったわ。。
悲しいし
申し訳ない思いも強いケド
容易には定まりそうになかった未来に一定の道筋を立てる役と
なかなか消えないわだかまりに終止符を打つ為の使者を
務める存在としてやって来たんやと
僕は、思ってる。
勝手な解釈やケドね。
前向きに考えれば、自然とそうなる。
私はまだ混乱していた。
12月18日、駅で可愛い小物を買って、ちょっといい御膳を食べて、家に帰りひとり中絶するクリニックを受診した。狭くて暗くて死んだような疲れた顔をした女性ばかり混んだ待合室。ちょっと育っていた赤ちゃん。悲しすぎる。。ちょっと育ってたよ、耐えられない、辛い、乗り越えられるかな、悲しい、だめだ、もう正気じゃいられない、私が悪いの?そうだけど、あんまりだよ、、ごめん落ち着けなくて、こんな短時間で納得できるわけがないねん、喪失体験ほど辛いものないよ
2人の子どもだよ?愛の結晶だよ?この子がいなくなっても愛はあるかもしれないけど、この子はいなくなっちゃうんだよ。悲しすぎるよ。今ならまだ間に合うって思っちゃう。踏ん切りがついてないよ、だめだね、もう辛すぎる、どうしたらいいかわからない、〇〇さんがなんと言おうとこの子を守らなくちゃって思っちゃう。だっているんだもん。おなかに。私の子が。もう辛い。と、スーツケースを持って電車で号泣しながらラインで彼に気持ちをぶつけた。
別に(私)が悪いワケじゃないよ。
僕が悪いよ。
子供に関しては
僕の感覚と、実際に自分の腹に宿している母とでは
当然 感覚が違うやろうね。
今なら間に合うというのは
確かにそうや。
(私)が 何が何でも産みたい というなら
産んだらエエんちゃうかな。
そこまで想いが強いなら
僕には 止めれんよ。
電話するかいな? と返信があった。
私は帰って彼と電話して落ち着きを取り戻した。
12月19日 上司、同期以外には隠したまま仕事をして、少し高い違うクリニックを受診。1つ目のクリニックより丁寧で綺麗で混んでなくてゆったりした音楽が流れていて、苺みるくの飴ちゃんが置いていたりして、ここにしようと思った。7万円の差があったけど、そのときの私には安心が必要だった。
12月20日
今日も1日お疲れ様。
身体がほくほくしてる。
眠い。喉になんかつっかえてる感じがする。においで気持ち悪くなる。妊娠ってこういう感じやねんなあ。
風邪が流行ってるけど、大丈夫かな?
私はちょっと気落ちしてて、部屋が散らかってる。片付けたい。。
手術終わったらさ、なんか美味しいもの食べたい。
あのところで写真撮りたい。
ちょうど有馬記念の日だね。
手術して休んでる頃に、出走かな。
(彼は競馬とガンダムが好きだった。)
せめて名前をつけたい、つけたら余計悲しくなるかなとも思ったけど、つけたいからつけた。ガンダムの三日月の子ども、暁。夜明けだけど、1番暗いころ、私の気持ちにグッときた。希望の子ども、気に入った。
12月23日 中絶手術、正直覚えてない。綺麗な個室。寝てる間に終わった。麻酔が残ってふらついたまま彼と薬局に行ってお好み焼きともんじゃ焼きを食べた。フェルトで作った可愛い小さなクマをくれた。小さなケーキを食べた。
24日、水子供養をした。暁は仏様の所へ行ったのだ。普段泣かない彼も泣いていた。月参りは2ヶ月しかもたなかった。
あれから、教会に行ったり、般若心経やってみたり、カラオケ、銭湯、いろいろした。なんとか仕事を休まずやっている。赤ちゃんをみると思い出して悲しくなる。最近は動けずに部屋で寝っぱなしだったりする。片付けられない、家事ができない自分にさらに鬱々とする。なんとか前を向きたくて、ここのページに洗いざらい書いてみた。仕事は続けたいでも、鬱になりそうだ。どうしたら、、
私たちは十分悩んで大きな決断をした、そうするしかなかった。
私には前を向く力がある。彼がいる。家族も友達も上司もいる。暁も。
前向きに考えたい。生きてる人間が大事。過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。
今は産む前に戻っただけ。と彼は言ったけれど、私は戻ったとは思いたくない。暁との時間をなかったように扱いたくない。愛がある分、喪失感で病みそうになる。時間が経った今でも。精神科の看護師なら、立ち直る方法がわかるはず。病むときは、視界が狭まってるとき、自分を信じられないとき。それが1番悲しいこと。認知を変えた方がうまくいくのだ。うまくいくように後付けでも捉えなおせばいい。勝手なのは承知だけれど、リフレーミングしよう。
…私と彼にとって、この経験は必要だった。暁を産めなかったことは悲しいけれど、暁は私と彼のわだかまりに終止符を打ちにやってきた。暁がお腹に宿らなければ、今ももやもやしたまま時間が過ぎていたかも。あれから彼はすっきりしている気がする。あとは私が前を向くだけ。何も破滅に向かっているわけではない。物事はすこぶる順調である。仕事も家もある。これからの未来に進めそうな気がする。
混乱。人生の岐路に立たされた。
未来語りのダイアローグをやってみよう。
(1)「一年がたち、ものごとがすこぶる順調です。あなたにとってそれはどんな様子ですか?何が嬉しいですか?」
〇〇さんとの元気な子どもが生まれて、いとしさに胸がいっぱいになる。くたびれて子育てに苦戦しつつも〇〇さん、家族や友人に支えられ楽しい日々を送っている。
(2)「あなたが何をしたから、その嬉しい事が起こったのでしょうか?誰があなたを助けてくれましたか?どのようにですか?」
東京での〇〇病院での勉強に区切りをつけて、産むことを決めたから。科長、母は産む方向で考えなよと自信のない私の背中を押してくれた。同期やプリセプターのお姉さんが話を聞いてくれた。
〇〇さんは私ととことん話してくれた。泣いて何も言えない時もそばにいてくれた。
病棟のスタッフは1年目で産む私にも、暖かく接してくれて、人生についていろんな形があっていいことを認めてくれた。
両親も納得できるように〇〇さんと話して、両親にあって想いを話せた。
(3)「一年前、あなたは何を心配していましたか。あなたの心配事を和らげたのは、何ですか?」
産むと決断しても育てられないのではないか。育てられないなら産むなって話だよ。と言われるのではないか。スタッフの皆さんは私のことを悪く思うのではないか。陰口を言われるのではないか。
自分の人生は自分のものだと皆が受け入れてくれたこと。私の意思を尊重してくれたこと。
お父さんやお母さんが〇〇さんのことをよく思わないのではないか。
結婚を反対されるのではないか。
私は〇〇さんしか考えられないし、時間がかかったとしても〇〇さんの誠意が伝わると信じられたから。お父さんは私のことを本当に愛してくれていたし、私もお父さんが大好き。他の男の手に渡るのはそりゃあいろんな気持ちになるだろうと想像できるから。
住む家やお金は大丈夫だろうか。
生活力も未熟で自立しきれていない自分たちに子どもを育てられるのか。
両親がなんとかなるよと言ってくれた。
お母さんが私たちを産んだ時のように、私も出産後、精神的なリスクが高い中で、〇〇さんは支えてくれるだろうか。
〇〇さんは今までいろんなことを乗り越えてきた人。何があっても逃げずに向き合ってくれた。
また復職できるのか。
看護師の資格があれば、どこでも働ける。勉強はどこでもできる。
産まないバージョン
(1)「一年がたち、ものごとがすこぶる順調です。あなたにとってそれはどんな様子ですか?何が嬉しいですか?」
〇〇病院でオープンダイアローグ が広まりつつあり、同期と話したり、先輩方の話を聞いたり研修に行ったり毎日刺激的で楽しい。1年目の後輩ができて、焦るが、一緒に頑張っている。患者や家族が納得できるまで話切ったり聞き切ったりするこおで、新しい意味に気づいたり新しい価値が創造される瞬間に立ち会えて感動する。
生活力もついてきて、冷蔵庫にあるもので簡単な一品が作れる。部屋が綺麗。
〇〇さんとの交際も順調で、安心感しかない。
ときどき会えたり、ラインで日常のことを話すことが幸せ。
(2)「あなたが何をしたから、その嬉しい事が起こったのでしょうか?誰があなたを助けてくれましたか?どのようにですか?」
産まない決断をしたから。中絶後ものすごく落ち込んだけど、同期の子や友達に寄り添ってもらえて、話を聞いてもらったり、〇〇さんがそばにいてくれることでなんとか乗り越えることができた。お母さんがこどもを産む一年前に子どもが育たず、中絶の手術をしたことがあったが、その一年後問題なくこどもを授かったという話を聞いて、我が家系の身体は丈夫だと信じれたから。
(3)「一年前、あなたは何を心配していましたか。あなたの心配事を和らげたのは、何ですか?」
子どもをおろすことは、不妊治療で苦しんでいる人に対して申し訳ない。命の冒涜。もしその命を諦めたら、一生悔やんで自分を責めて生きるのではないか。自分のエゴのために奇跡的に授かった大事な命を粗末にするようなことができるか。
精神的にリスクのある私はその喪失感に耐えられないのではないか。もし中絶の手術をしたことで、不妊症になったら。〇〇さんとの子どもが授からなくなったらそれこそ一生後悔するのではないか。
彼は自分の子どもに対してのこだわりはない。好きなようにできると言ってくれた。皆が私の意思決定を尊重しようとしてくれたこと。
あっという間だった。産むか産まないか、決断を迫られて時間がなかった。私の両親に彼が挨拶しにきた。彼は結婚する意志はあると伝えた。鍋を囲んで産む方向で考えなよ、僕らもお金がないなりに苦労したけど育てたんだと家族は言った。本当に迷った。産みたくなった。決められずに、彼と本気で話した。彼も複雑な気持ちを抱えていた。私のお腹に手をあてて、お腹の子に意見を求めた。彼は超人だから、自動筆記の能力があるのだ。彼の指はゆっくりとこう動いた。「おれのことはきにするな かくごがないならすきにしろ」彼は過去に女性関係で苦労していて、それなのに私はフラフラ他の人と関係を持ったりして彼を傷つけていた。彼よりも良い人がいるんじゃないかと思ってしまって。彼の傷も癒えぬままで、彼の正直な気持ちとして結婚には踏み切れないということだった。私は悩んだけど、遠距離で貯金もない、ただでさえ躁鬱歴のある私には精神的な不安が大きい、彼も快くOKできない状況で産むのか、、それは嫌だ。準備万端で産みたい思いがそのときは勝ったのだった。
僕も日曜の夜は遅くまで泣いておったわ。。
悲しいし
申し訳ない思いも強いケド
容易には定まりそうになかった未来に一定の道筋を立てる役と
なかなか消えないわだかまりに終止符を打つ為の使者を
務める存在としてやって来たんやと
僕は、思ってる。
勝手な解釈やケドね。
前向きに考えれば、自然とそうなる。
私はまだ混乱していた。
12月18日、駅で可愛い小物を買って、ちょっといい御膳を食べて、家に帰りひとり中絶するクリニックを受診した。狭くて暗くて死んだような疲れた顔をした女性ばかり混んだ待合室。ちょっと育っていた赤ちゃん。悲しすぎる。。ちょっと育ってたよ、耐えられない、辛い、乗り越えられるかな、悲しい、だめだ、もう正気じゃいられない、私が悪いの?そうだけど、あんまりだよ、、ごめん落ち着けなくて、こんな短時間で納得できるわけがないねん、喪失体験ほど辛いものないよ
2人の子どもだよ?愛の結晶だよ?この子がいなくなっても愛はあるかもしれないけど、この子はいなくなっちゃうんだよ。悲しすぎるよ。今ならまだ間に合うって思っちゃう。踏ん切りがついてないよ、だめだね、もう辛すぎる、どうしたらいいかわからない、〇〇さんがなんと言おうとこの子を守らなくちゃって思っちゃう。だっているんだもん。おなかに。私の子が。もう辛い。と、スーツケースを持って電車で号泣しながらラインで彼に気持ちをぶつけた。
別に(私)が悪いワケじゃないよ。
僕が悪いよ。
子供に関しては
僕の感覚と、実際に自分の腹に宿している母とでは
当然 感覚が違うやろうね。
今なら間に合うというのは
確かにそうや。
(私)が 何が何でも産みたい というなら
産んだらエエんちゃうかな。
そこまで想いが強いなら
僕には 止めれんよ。
電話するかいな? と返信があった。
私は帰って彼と電話して落ち着きを取り戻した。
12月19日 上司、同期以外には隠したまま仕事をして、少し高い違うクリニックを受診。1つ目のクリニックより丁寧で綺麗で混んでなくてゆったりした音楽が流れていて、苺みるくの飴ちゃんが置いていたりして、ここにしようと思った。7万円の差があったけど、そのときの私には安心が必要だった。
12月20日
今日も1日お疲れ様。
身体がほくほくしてる。
眠い。喉になんかつっかえてる感じがする。においで気持ち悪くなる。妊娠ってこういう感じやねんなあ。
風邪が流行ってるけど、大丈夫かな?
私はちょっと気落ちしてて、部屋が散らかってる。片付けたい。。
手術終わったらさ、なんか美味しいもの食べたい。
あのところで写真撮りたい。
ちょうど有馬記念の日だね。
手術して休んでる頃に、出走かな。
(彼は競馬とガンダムが好きだった。)
せめて名前をつけたい、つけたら余計悲しくなるかなとも思ったけど、つけたいからつけた。ガンダムの三日月の子ども、暁。夜明けだけど、1番暗いころ、私の気持ちにグッときた。希望の子ども、気に入った。
12月23日 中絶手術、正直覚えてない。綺麗な個室。寝てる間に終わった。麻酔が残ってふらついたまま彼と薬局に行ってお好み焼きともんじゃ焼きを食べた。フェルトで作った可愛い小さなクマをくれた。小さなケーキを食べた。
24日、水子供養をした。暁は仏様の所へ行ったのだ。普段泣かない彼も泣いていた。月参りは2ヶ月しかもたなかった。
あれから、教会に行ったり、般若心経やってみたり、カラオケ、銭湯、いろいろした。なんとか仕事を休まずやっている。赤ちゃんをみると思い出して悲しくなる。最近は動けずに部屋で寝っぱなしだったりする。片付けられない、家事ができない自分にさらに鬱々とする。なんとか前を向きたくて、ここのページに洗いざらい書いてみた。仕事は続けたいでも、鬱になりそうだ。どうしたら、、
私たちは十分悩んで大きな決断をした、そうするしかなかった。
私には前を向く力がある。彼がいる。家族も友達も上司もいる。暁も。
前向きに考えたい。生きてる人間が大事。過去と他人は変えられない。未来と自分は変えられる。
今は産む前に戻っただけ。と彼は言ったけれど、私は戻ったとは思いたくない。暁との時間をなかったように扱いたくない。愛がある分、喪失感で病みそうになる。時間が経った今でも。精神科の看護師なら、立ち直る方法がわかるはず。病むときは、視界が狭まってるとき、自分を信じられないとき。それが1番悲しいこと。認知を変えた方がうまくいくのだ。うまくいくように後付けでも捉えなおせばいい。勝手なのは承知だけれど、リフレーミングしよう。
…私と彼にとって、この経験は必要だった。暁を産めなかったことは悲しいけれど、暁は私と彼のわだかまりに終止符を打ちにやってきた。暁がお腹に宿らなければ、今ももやもやしたまま時間が過ぎていたかも。あれから彼はすっきりしている気がする。あとは私が前を向くだけ。何も破滅に向かっているわけではない。物事はすこぶる順調である。仕事も家もある。これからの未来に進めそうな気がする。
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